化学物質の爆発安全情報データベース

2 熱分析試験

2.1 試験の目的

  本試験は、固体又は液体の物品の爆発の危険性を判断することを目的とする。

2.2 装置及び器具

  装置は基準物質としてα-酸化アルミニウムを用いた示差走査熱量測定(DSC)装置又は示差熱分析(DTA)装置とする。

(l) 示差走査熱量計(DSC)又は、示差熱分析計(DTA)一式

 ① DSC又はDTAモジュール
 ② 制御ユニット
 ③ X-Yプロッター
 ④ データ解析ユニット(②と一体の場合もある)  ⑤ ガスコントローラー

DSC装置

(注) 一般に、DSCは試料容器が炉で囲まれているが、DTAは開放なため、放射熱として逃げる可能性がある。従ってDTAは高温度での誤差が大きくなり、1000℃で10%程度といわれている。しかし、DTAの方が装置の耐久性はあるといわれている。
 DTA、DSC共に、事前に、後述するような標準物質を用いてピーク面積と熱量の関係を検定し、装置係数を求めておく必要がある。

(注) DSCには、原理的に入力補償型と熱流束型が存在する。前者は、試料と基準物質を同時に加熱した時に、発生する両者の温度差△Tが零となるよう補償回路が働き、この補償熱量の供給速度を測定する方法である。一方、後者は、試料が発熱又は吸熱した時に、熱を外部に放出したり、外部から熱を吸収する時の熱流を、単位時間当りの熱量として測定する方法である。
  一般に後者の方が検出感度が高いが、検出部が故障した場合など面倒である。
  熱分析では、測定データの解析が重要なため、正確なデータの確認ができ、また操作性のよい機種を選定する必要がある。

(2) 密封試料容器(密封セル)

 耐圧性のセルで破裂圧力が50×105Pa以上のステンレス鋼製のものとする。
  セルはアセトンで洗浄し、自然乾燥したものを用いる。又、ピンホール型のセルを使用することはできない。
 (注) 溶液系や昇華性の試験物品における測定では、溶媒の蒸発等による吸熱ピークを考慮した測定が必要であり、このためにも密封セルが重要である。
    密封する方法も、熱膨張の違いを利用する方法や、専用のシーラーでかしめる方法等がある。

(3) セル密封用シーラー

(4) 化学はかり

(5) シリカゲル入りデシケーター

(6) 窒素ガス(N2
   密封セルの洩れ等を勘案し、検出部には測定中窒素ガスを流しておくと、検出部の劣化を防止する意味で好ましい。       

セル密封用シーラー

2.3 標準物質及び基準物質

(1) 2,4-ジニトロトルエン(DNT) 純度99%以上

(2) 過酸化ベンゾイル(BPO) 純度97%以上

(3) α-酸化アルミニウム
   リファレンスセル用

(4) 装置係数算出用標準物質(例)
   インジウム   (In=99.999%以上)
   スズ      (Sn=99.999%以上)
   亜鉛      (Zn=99.995%以上)
   鉛       (Pb=99.995%以上)
   硝酸カリウム (KNO3試薬特級品以上
   過塩素酸カリウム(KClO4試薬特級品以上)

2.4 装置係数の算出

  装置の製造上のバラツキの調整として、装置係数を算出する。

(1) 使用する密封セルと標準物質(In、Sn、Zn等純度の判っているもの)を準備する。

(2) 吸発熱量と温度との関係は、普通、次式に従って補正する。
  吸発熱量(mJ/mg)=K(1+dT+eT2)(ピーク面積/サンプル質量)
    ここで   K:DSC(DTA) SPANに入力されている値
          d: Tの一次項の係数
          e: Tの二次項の係数
          T: ピーク温度(℃)

(3) まず、d=0、e=0とおいて、測定物質の温度範囲をカバーできる3種類以上の標準物質についてDSC測定を行う。
  測定は、各3回行いその平均値を用いる。ただし、誤差は±5%以下でなければならない。

(4) 標準物質の融解熱(又は転移熱)及び、融点(又は転移点)を文献から求め、前出式に代入して係数Kを求める。
  (注) 代表例を後述する。

(5) 標準物質の数だけ求まったKの値をTに対してプロットし、Tに対する二次式の係数K及びd、eを求める。   (注) DSCの場合は、d=0、e=0とすることができる機種が多い。
  (注) 一般にDSCにおいては、係数Kは温度によってあまり変化しないが、DTAにおいては、温度が高くなると大きく変化する。装置係数の決定の仕方は、測定誤差の要因の一つとなる。

2.5 試験物品の調整

 原則として流通している形状のものを試験に供する。ただし、塊等を含有する場合には、試験物品を代表する範囲内で、微粉化した部分を用いる。
 (注) 1回の試験に必要な標準使用量  5mg~10mg
     (1mg~2mg)×5回=(5~10)mg

2.6 試験場所

(1) 温度変化の少ない場所

(2) 湿度が低く直射日光の当らない場所

(3) 振動の無い場所

(4) 油、埃、腐食性ガスの無い場所

(5) 強電界、強磁界の無い場所

2.7 試験方法

(1) 標準物質の測定
  ア 採取
  (ア) 秤量
    ① ステンレス密封セルを電子天秤で正確に秤量する。
    ② 密封セルに標準物質(DNT又はBPO)を入れ正確に秤量する。
    ③ (ロの秤量値)一(イの秤量値)で標準物質の質量を算出する。
      (DNTの場合1mg、BPOの場合2mg採取する。)
    ④ 標準物質を入れた密封セルに上蓋をかぶせ、シーラーで密封する。
    ⑤ 標準物質を入れた密封セルの質量を正確に秤量する。
     (注) 試料の秤量誤差は、測定誤差要因の一つである。
  (イ) リファレンス秤量
     リファレンスとして、ステンレス密封セルに基準物質であるα-酸化アルミニウムを、DNT測定の場合は1mg、BPO測定の場合は2mgを入れ、同様に密封して用いる。
  (ウ) 密封セルのセット
     密封セル、リファレンスセルを、各ホルダーからはみ出さないようできるだけホルダーの中央におく。

密封セルの設置状況
 

 イ 測定データの解析及び結果のプロット
  (ア) データの解析
    ① 使用する装置の取扱い手順に従って、解析温度範囲の指定等を行う。
    ② 発熱量
      ベースラインは、発熱の開始部分と終了部分を結ぶなどにより直線化して、この直線とピークで囲まれる面積を試料質量で割ると発熱量(mJ/mg)が算出できる。
    ③ 発熱開始温度
      変曲点における接線とベースラインの交点などを発熱開始温度として、その温度を読み取る。(図5・1参照)
      通常は、「転移点読み取り機能」等で自動的に求められる。
 

昇温曲線
 

 (イ) データ解析上の注意事項
    ① ピークに肩が現れた場合には、発熱量に加えるものとする。
    ② 複数のピークが生じた場合には、発熱開始温度は最初のピークのもの、発熱量は全てのピークのものの合計とする。
    (注) ベースラインの採り方、ピークの肩に対する判断の仕方は、測定誤差の要因の一つである。
  (ウ) データのプロット
    データの種々の解析結果をプロットする。
  (エ) 測定回数
    ① 測定は5回行い、その平均値を求める。
    ② 同一試験場所でかつ、同一の熱分析装置における標準物質の試験(後述する判定線の作成)は一度行えばよい。

(2) 試験物品の測定
  標準物質の測定手順と同じ。
  ただし、試験物品量は2mg程度とし、発熱量に応じて増減する。
  (注) 試験物品の量が多すぎると、爆発・破裂などによって、装置を破壊するおそれがあり、一方少なすぎると、秤量誤差が増大するだけでなく、小さすぎるピークを与え、試験物品の危険性を過小評価してしまう可能性がある。

(3) 測定上の注意事項

表5・2 装置定数算出用標準物質に関するデータ
物質名 融点(℃) 融解熱(cal/g) 転移点(℃) 転移熱(cal/g)
KNO3 334.3 22.75 128.0 12.86
KClO4 - - 299.8 23.7
Sn 231.9 14.4 - -
In 156.9 6.79 - -
Zn 419.5 24.4 - -
Pb 327 5.50 - -
2.8 試験結果の評価

(1) 標準物質の判定線作成
  ア 発熱量のmJ/mgをcal/gに換算する。(1cal=4.1868J)
  イ 発熱量及び発熱開始温度とも5回の平均値を求める。
  ウ 発熱量については、DNTの場合0.7を乗じ、BPOの場合0.8を乗じる。
  エ 発熱量の常用対数値を求める。
  オ 発熱開始温度から25℃を減じた値(補正温度)の常用対数値を求める。
  カ DNT及びBPOについてエとオで求めた値をプロットし、この2点を直線で結ぶ。

(2) 試験物品について発熱量(cal/g)の常用対数値、及び発熱開始温度から25℃減じた値の常用対数値を求めプロットする。

(3 試験物品が(1)カの直線上、又はそれより上部にある場合、この物品は危険性を有するものとする。

判定線の例図

熱分析試験のフロー